『寶塔山』令和2年12月号


コロナでは死なない
今年は、コロナに振り回された一年でした。人が寄ればコロナの話題になりますが、必要以上に恐れても仕方がないと思います。ウイルスは見えるものではありませんし、無症状の人がいればお手上げです。罹ったら病院を頼るしか方法はないのです。
今、皆さんに、「コロナで亡くなった人は一人もいません。」と話しています。怪訝な顔をされますが、昔の方は、人は病気では死なない。寿命を迎えて死んでいくのだ、と教えてくれています。コロナも、ガンも、交通事故もその人の寿命、きっかけなのです。
誰しも一度は死にます。それは、平等です。だからこそ、死について学ぶことが重要です。
臨終が近づいて、意識もなく、苦しそうな息をしている姿を見ると、苦しいんだろうなと思いますが、この頃には、魂は出たり入ったりしています。ですから、たぶん苦しみは感じていないかも知れません。「誰誰さんが来た。」というお迎え現象は、看護師さんにとっては常識です。臨終が近いことを知らせてくれるサインです。
さらに、死ぬ瞬間が怖いと思っている方が多いようですが、ソビエト連邦の時代、頭蓋骨を外し、電極を当てて、脳のどの部分が、体のどこに繋がっているかを調べる研究がありました。その実験の中で興味深い結果がありました。左側頭葉にある、溝に電極を当てた時に、被験者に見えたものは、花畑、川、そして川向こうにいる懐かしい人たちでした。
ではなぜ臨死体験の人たちが見てきたという風景が浮かぶのか。それは、進化の過程で身につけた、死の緩和ケアなのです。臨終の瞬間、苦しくないようにそのような世界が見えるものと考えられています。ですから、実は死の瞬間は苦しくないのです。
さらには、「霊界に帰った時に、一人でも褒めてくれる人がいると思えば、死ぬのも楽しみじゃないですか?」とお話ししています。
僕は変わりものですが、親父も変わりものだったんでしょう。大学を卒業して帰ってくると、自分が脇に座るから、私に真ん中の礼盤に座るようにと言いました。病弱だったので、荒行にも行っていませんでしたし、お説教も出来る方ではなかったので引け目もあったのかも知れません。
そのお陰で、当時の少なかったとはいえ信者さんの引継ぎもうまくなされ、自由にさせてくれたので、様々の行事を始めました。お参りも増え、本堂に人が入りきれなくなると、「光法君、嬉しかばい」と喜んでくれていましたから、まあ親父は褒めてくれると思います。
皆さんも考えれば、この世の修行を終わって、霊界に帰った時に、褒めてくれる方が何人かいることは思いつかれることでしょう。
あの世で、家族が、ご先祖様が待って下さっている、褒めてもらえると思えば、死ぬことも楽しみになりませんか?

若者の心がヤバイ(汗)
若者が感染者を増やしている、遊んで回るから減らないんだという声を聴くことがあります。人は、人と関わらないと生きていけない生き物です。特に若者は、同年代の人たちと関わることで心が安定します。どうか、若者を悪者扱いしないでもらいたいのです。
今年は、子供たち、若い世代の人が次々にやってきました。学校に行けなくなった、精神的に参っているなどの霊断です。
今は国民全員が重い、軽いはあってもコロナストレス、コロナ鬱の状態です。特に、若い人たちはその傾向が強いようです。
子供達は、全国一斉休校になると、真面目にステイホームしました。先生が訪問する、在宅確認の電話がある、ということもあったようですが、外に出る機会が極端になくなりました。校長をしている従兄弟に、「知事にでも、市長にでも、休校はしないでほしいと校長会でお願いしなきゃ。また、休校日数が増えると、引きこもりの子供、鬱病の子供を大量につくるよ。」とお盆に話しました。
大学生も大変です。授業はリモートとなり、入学したのに、友達も出来ない、雇用環境の悪化で、就職出来るかなど、たくさんの不安を抱えています。 将来、年金をもらえる可能性は低いでしょう。コロナの借金も、オリンピックの借金も若い世代に付け回しです。心配するな!とはとても言えません。
このままでは、やっと一万人台になった、自死者の数が、また3万人、4万人に戻りかねません。体の健康も大切ですが、心の健康はもっと大切です。
今、若い人たちに楽しいことをするように勧めています。ですから、若者が出かけるのを止めないでもらいたいものです。

因縁について
日々、皆様のおかげで沢山の学びをさせて頂いていますが、この夏も、いい学びがありました。
関西地方のwさんからの電話で、高校三年生の息子が、学校に行っても具合が悪くなって帰ってくる、最近は駅まで行くと気持ち悪くなって帰ってきているという、霊断の依頼でした。
霊断をとると、霊示に示されていたのは、刀の障りでした。どう話をするべきかと悩みましたが、翌朝、彼の前世や先祖に、刀によって害したり、害されたりした人がいたんだと浮かび、そのことをお伝えしましたところ、2日後に電話があり、「彼は三歳のころに、父親の仕事の関係で中国に住んでいたが、幽霊の見える子で霊能者に尋ねたことがありました。その時言われたことは、彼は前世で首切り役人をしており、心の優しい人でその役目が苦痛だった。」と言われたことを知らせてみえました。
こで、お施餓鬼をお勧めし、両家の先祖を調べて送ってもらうようにお願いしたところ、一緒にカラーコピーの家系図が送られてきました。平安時代、源頼光の家臣で、頼光四天王の筆頭がご先祖、渡辺綱で、丹波国大江山での酒呑童子討伐に行ったこと、のちに武田家の家臣となり、更に時代が下がると秀吉の家臣となるなど、戦の歴史が綴られていました。
木曜日の一時お施餓鬼を始めることを伝えると、夫婦で2時間お経を読もうと始められたそうですが、途中、母親は睡魔に襲われ寝てしまったとのこと。電話口で心配されますから、亡くなった方が近くに寄ると、生あくびが出たり、眠くなったりしますから、心配しないようにと伝えました。
果たして、翌週から元気に通えるようになり、9月には大学の推薦ももらうことが出来ました。
私は、自分は拝み屋さんじゃあないからと因縁、因縁言うことが嫌いでした。しかし、因縁(カルマ)の法則も少し皆様にお話ししなければと感じた学びでした。
お釈迦様は、人には三つの因縁があることを示されました。それは、先祖の因縁、自分の前世の因縁、そして、今生積んだ因縁です。因とは原因、縁は結果を介在する繋がりですから、良い因縁もあれば、悪い因縁もあります。
いま皆さんにお願いしているのは、ともかく言葉で悪因縁をつくることはやめましょう、ということです。
誰も、コロナに罹りたくて罹ったわけではありません。医療関係者、介護関係者、更にはその家族までも感染源のように差別をし、感染者に石を投げ、電話でいじめ、張り紙をする人たちがいました。「鬼滅の刃」がブームですが、人の心の中にこそ鬼がいることを感じる一年でした。
日蓮大聖人様は、『災いは口より出でて身を破る、幸いは心より出でて我を飾る』(重須殿女房御返事) 悪い言葉を口から出すと、その身を破滅させる。善い行ないは、心から出てその人を幸せにするのだと、ご教示下さいました。
江戸時代の僧、良寛和尚も、うーん!と唸らせる言葉を残されています。
「災難にあう時節には、災難にてあうがよく候。死ぬる時節には、死ぬがよく候。此れが此れ、災難を逃るる妙法にて候。」災難も、寿命も逃れ難いものであるなら、受け入れるしか方法は無いというのです。
コロナよりもインフルエンザの方が、より多くの死者を出します。でも、インフルエンザに罹った人に私達は「大変ですね。早く良くなると良いですね」と声を掛けませんか。
もし、身近でコロナに感染した人が出たら、そう声をかける慈悲の心を持ちましょう。コロナを心配する皆さん、結局は守られる自分か否かです。
守られる為には心からの祈りこそが大事なのです。合掌